はじめに
2025年4月1日、
「プロバイダ責任制限法」が見直され、
「情報流通プラットフォーム対処法」という新たな名称で施行されました。
対象となるのは、単なるインターネットプロバイダにとどまらず、
SNS、掲示板、マッチングサービスなどを運営する、
いわゆる「大規模プラットフォーム事業者」です。
背景には、近年ますます深刻化している、
インターネット上の誹謗中傷問題があります。
総務省のデータによれば、
誹謗中傷や人権侵害に関する相談件数は、
令和5年度の相談件数は6,463件であり、そのうち約58%がインターネット上の情報削除に関するものでした。
このような状況を受けて、
従来のプロバイダ責任制限法だけでは十分な対応が困難であるという認識が広がり、
より実効性のある法制度が必要とされていました。
従来の法律では、
違法な情報の削除や発信者情報の開示について、
制度自体は存在していたものの、
手続きの煩雑さや対応の遅れ、基準の不透明さなどが問題視されてきました。
そのため、今回の法改正では、
特に「大規模特定電気通信役務提供者」として総務大臣に指定された事業者に対して、
削除申出の受付方法の整備、削除基準の公表、専門調査員の選任、送信防止措置の実施状況の開示など、
複数の新たな義務が課されることになっています。
この法改正の影響は、
日本国内の全てのウェブサービス提供者にとって、決して他人事ではありません。
たとえ現時点で中小規模のサービスであっても、
将来的に対象範囲が拡大されたり、
世論や社会状況の変化により義務の一般化が進んだりする可能性も否定できません。
特に、チャットや掲示板、ユーザー投稿機能を備えたサービスを運営している事業者は、
自社が「大規模特定電気通信役務提供者」に該当するか否かを把握し、
必要な対応を今のうちから準備しておくことが求められます。
プロバイダ責任制限法から「情報流通プラットフォーム対処法」へ
もともと、プロバイダ責任制限法は、2001年に制定された法律です。
正式には「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」といいます。
インターネット上での情報発信が急増した時代に、
通信の自由と権利侵害への対応とのバランスを取るために整備されたものでした。
この法律により、
インターネット事業者は、ユーザーが投稿した違法・有害情報に関して、
一定の条件を満たせば削除できるようになり、
また、権利を侵害された被害者は、
発信者の情報を開示請求できる制度も用意されました。
しかし、制度が20年以上変わらず運用されてきた結果、
近年のSNSや掲示板などの発展に対応しきれないという課題が顕在化していました。
特に、誹謗中傷の深刻化や、削除・開示手続きの煩雑さ、
対応に要する時間の長さなどが問題となり、
迅速で透明性のある運用が求められるようになりました。
こうした背景を受け、
2024年に改正された新法では、
法令の名称自体も見直されることとなりました。
新たな名称は、「情報流通プラットフォーム対処法」です。
この名称変更は、単なる言い換えではありません。
インターネット上の情報流通の場が、
プロバイダにとどまらず、
SNS、掲示板、マッチングアプリなど多様化している現状を反映した、
本質的な制度転換を意味しています。
この点で、法律が少し時代に追いついたと言えるでしょう。
この法律の正式名称は、
改正後、「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」となり、
旧法の枠組みを土台としつつ、
より広範な義務と責任が追加されました。
今後、インターネットを通じて情報が発信・拡散されるすべての事業者は、
この新法の影響を受ける可能性があり、
従来よりも明確かつ積極的な法的対応が求められることになります。
とりわけ、
ユーザー同士のやりとりを可能にするプラットフォームや、
大量の投稿・通信が行われるサービスを運営している場合、
その責任はより重くなります。
情報流通プラットフォーム対処法の目的と大規模事業者への新規制
情報流通プラットフォーム対処法は、
インターネット上での誹謗中傷や名誉毀損など、
個人の権利が侵害される事態を、
より確実に、迅速に対処するために設けられた法律です。
情報流通プラットフォーム対処法では、
被害の深刻度と社会的影響の大きさを踏まえ、
特に影響力の強いサービスを運営する「大規模事業者」に対し、
具体的な義務を法律上明確に規定するという新たな仕組みが導入されました。
この「大規模事業者」とは、
法律上は「大規模特定電気通信役務提供者」とされ、
総務大臣によって指定を受けた者を指します。
該当するのは、
一定の条件を満たすSNSや掲示板、マッチングアプリなどであり、
対象となる基準は今後、総務省令によって定められる予定です。
「平均月間発信者数」や「平均月間延べ発信者数」が要件として示されており、
著しく多数のユーザーが投稿・通信を行うサービスが中心となると考えられます。
また、単に発信者数が多いというだけでなく、
技術的に削除等の措置が可能であることや、
そのサービスにおいて権利侵害のリスクが類型的に存在することも、
指定の判断材料となります。
この指定を受けた事業者には、
削除申出の受付方法の公表、侵害情報の調査体制の整備、
削除基準の策定・公開、発信者や申出者への通知対応、
削除実績の年次公表など、
複数の義務が課されます。
これらはすべて、
誹謗中傷などの情報流通における対応の透明性を高め、
権利侵害を受けた人が適切に救済される社会を目指すためのものです。
大規模プラットフォーム事業者に課される法的義務
情報流通プラットフォーム対処法では、
大規模特定電気通信役務提供者、
すなわち大規模プラットフォーム事業者に対して、
明確かつ具体的な法的義務が定められています。
これは、
従来のプロバイダ責任制限法では実現できなかった、
迅速性と透明性の確保を図るための措置です。
第一に、
総務大臣に対する届出義務があります。
指定を受けた事業者は、
指定の日から3カ月以内に所定の事項を届け出なければなりません。
内容の変更があった場合にも、遅滞なく届出を行う必要があります。
第二に、
被侵害者からの申出を受け付ける方法の公表義務があります。
具体的には、
誰でも容易にアクセスできる形で、
削除申出の手段を案内しなければなりません。
その方法は、電子的な手段であること、
申出者に過度な負担を課さないこと、
申出日時が明確に記録されることが求められています。
第三に、
侵害情報に係る調査の実施義務があります。
申出があった場合、事業者は速やかに調査を行い、
削除の要否を判断する必要があります。
この調査は、単なる形式確認にとどまらず、
実質的な権利侵害の有無を判断する内容が求められます。
第四に、
侵害情報調査専門員の選任・届出義務です。
専門的知識を持つ人材を適切に選任し、
総務大臣にその旨を届け出なければなりません。
必要な人数については、
事業者の規模に応じて定められる予定です。
第五に、
送信防止措置の申出者に対する通知義務があります。
削除申出を受けた場合には、
原則として14日以内の総務省令で定める期間内に調査結果を通知しなければなりません。
これにより、申出者は対応状況を把握しやすくなります。
第六に、
送信防止措置の実施に関する基準等の公表義務があります。
事前に削除基準を明示し、
どのような情報が削除対象となるかを公表することで、
任意かつ恣意的な対応を防ぐ狙いがあります。
第七に、
削除を実施した際の発信者に対する通知等の措置が求められます。
これは、表現の自由にも関わる問題であり、
削除された側にも正当な説明責任を果たすためです。
第八に、
削除申出や措置の実施状況等を、
年1回、公表する義務があります。
これには、件数や対応内容、基準の運用状況なども含まれます。
これらの8つの義務は、
単なる形式的対応ではなく、
誹謗中傷や権利侵害への対応体制を、
制度として根本から見直す内容となっています。
事業者は、これらの義務に違反した場合、
行政指導や勧告、さらには公表といった措置を受ける可能性があり、
法令遵守が企業運営の信頼性にも直結することになります。
どのような事業者が指定対象になるのか?事前チェックポイント
情報流通プラットフォーム対処法に基づく新制度では、
全てのインターネットサービス事業者が、
自動的に義務の対象となるわけではありません。
繰り返しますが、法的義務が課されるのは、
総務大臣から「大規模特定電気通信役務提供者」として、
正式に指定を受けた事業者に限られます。
事業者としては、
自社が今後この指定を受ける可能性があるかを、
あらかじめ確認しておくことが重要です。
まず、法律の文面では、
「平均月間発信者数」または「平均月間延べ発信者数」という、
数値基準が判断材料として示されています。
これは、1カ月の間に、
実際に投稿やメッセージ送信などの発信行為を行ったユーザーの人数、
もしくはそれらを延べ人数で合算した数を指します。
この具体的な基準値は、
今後、総務省令で定められる予定ですが、
現時点では未公表となっています。
そのため、事業者ができることは、
まず自社サービスにおけるユーザーの行動を、
定量的に把握しておくことです。
日常的に1万人以上のアクティブユーザーを持つSNS、
匿名掲示板、マッチングアプリなどを運営している場合、
対象となる可能性は十分にあります。
また、対象となるかどうかは、
単にユーザー数だけで判断されるものではありません。
法律では、追加の判断基準として、
次の2つの要素も挙げられています。
ひとつは、
「技術的に送信防止措置を講ずることが可能であること」です。
つまり、プラットフォーム上で投稿削除などの措置が、
技術的に現実可能であるという要件です。
たとえば、コメント欄に削除機能が存在しないシステムであれば、
指定の対象から外れる可能性もあります。
もうひとつは、
「侵害情報が類型的に流通するおそれが高いこと」です。
つまり、そのサービスの性質上、
誹謗中傷や違法情報などが投稿されやすい環境であるかどうかも、
判断材料になるということです。
具体的には、
匿名性が高く、投稿内容の審査が行われていないサービスや、
炎上リスクが高い話題を取り扱う掲示板などが、
該当しやすいと考えられます。
その一方で、ユーザー間の投稿があっても、
業務連絡用の閉じたチャット機能や、
限定的な社内掲示板のような利用形態であれば、
指定の対象とはなりにくい可能性があります。
したがって、事業者としては、
自社サービスの性質とユーザー動向を正確に分析し、
法令に照らして、事前に自己診断を行うことが推奨されます。
現時点で指定の対象でなかったとしても、
事業の拡大やユーザー数の増加により、
将来的に指定を受ける可能性があることを忘れてはなりません。
【IT専門行政書士が解説】実務対応のポイントと注意点
情報流通プラットフォーム対処法の施行に向けて、
ウェブサービス事業者が取るべき実務対応は、
多岐にわたります。
とくに、大規模特定電気通信役務提供者として指定を受けた場合、
義務の範囲が明確に法令で定められており、
準備不足はコンプライアンス上のリスクとなり得ます。
まず、最初に取り組むべきは、
削除申出を受け付けるためのフローの整備です。
具体的には、
被侵害者が投稿削除を求めるための申出フォームをウェブ上に設置し、
その操作が誰でもわかりやすく、
簡便である必要があります。
法令上は、電子的な方法での受付が必須とされており、
紙の書面やFAXのみの対応では、要件を満たしません。
さらに、申出の受付日時が申出者に明確にわかること、
申出が完了したことを通知する機能も求められます。
次に重要なのは、削除基準の策定と公表です。
これまでの運用では、
プラットフォーム運営者が独自の基準で削除可否を判断していましたが、
新法のもとでは、その基準を事前に公開しなければならなくなりました。
つまり、どのような投稿が「侵害情報」に該当するのかを、
ユーザーに説明できる形で提示することが求められるのです。
この基準は、法令で定められた具体要件を踏まえたものであり、
一方的な表現の制限とならないよう、
表現の自由とのバランスにも十分に配慮しなければなりません。
また、削除を行う際には、
発信者への通知義務がある点にも注意が必要です。
削除理由と削除基準に基づいた説明を添えて、
投稿者に対して、何が問題とされたのかを明示する必要があります。
匿名での利用が前提となるサービスにおいても、
通知が可能な範囲で誠実に対応する姿勢が問われます。
そのほか、侵害情報の調査にあたっては、
専門的知見を有する人材の選任も義務づけられています。
これは「侵害情報調査専門員」と呼ばれ、
法律の解釈、権利侵害の実態、投稿文脈の判断力など、
専門性の高いスキルが求められる職種です。
社内に適任者がいない場合は、
弁護士や行政書士などの外部専門家との連携も視野に入れるべきでしょう。
これらの対応を怠った場合、
行政指導や勧告を受ける可能性があるだけでなく、
対応の不備が公表されることで、
社会的信用を失うリスクも発生します。
一方で、法令に沿った対応体制を早期に整備しておくことは、
ユーザーからの信頼向上にもつながり、
企業の透明性と誠実さをアピールする絶好の機会でもあります。
行政書士として実務を支援している立場から見ても、
単なる「義務対応」にとどまらず、
企業価値の向上施策として前向きに取り組むことをおすすめします。
まとめ|法改正対応は信頼性アップのチャンス
情報流通プラットフォーム対処法は、
単に一部の大手インターネット事業者だけに影響する法律ではありません。
その本質は、
すべてのウェブサービス提供者に対して、
「ユーザーが安全に利用できるプラットフォームを、どのように維持・運営するか」という
根本的な責任を再確認させる法的枠組みにあります。
SNSや掲示板、マッチングアプリ、Q&Aサイトなど、
ユーザー間の投稿・通信を伴うあらゆるサービスにおいて、
誹謗中傷や違法コンテンツの流通リスクは常に存在しています。
とくに、ユーザー数が増え、情報の流通量が大きくなればなるほど、
サービス運営者に求められる責任も重くなります。
その意味で今回の法改正は、
「大規模な事業者への規制強化」というだけでなく、
情報社会における新たなルール作りの第一歩であるといえます。
一方で、義務として定められた内容を見てみると、
削除申出の受付や基準の公表、通知対応や調査体制の整備など、
いずれも合理的な内容であり、
すでに一部の企業では自主的に導入が進められていた措置でもあります。
これらの対応を義務として制度化することで、
サービスの質を均質化し、
プラットフォーム全体としての信頼性を底上げする効果が期待されます。
また、事業者にとっても、
法令に沿った対応を取ることは、
ユーザーからの信頼獲得につながる重要なポイントとなります。
例えば、削除基準を公開することで、
ユーザーは投稿のルールを理解しやすくなり、
トラブルを未然に防ぐことができます。
また、削除後の説明責任を果たすことで、
「一方的に投稿を消された」という不満を回避し、
誠実な運営姿勢を印象づけることができます。
さらに、調査体制の整備や、年次の実施状況の公表は、
企業としての透明性を高め、
社会的評価の向上にもつながる取り組みです。
つまり、情報流通プラットフォーム対処法への対応は、
企業にとっての「リスク対策」であると同時に、
差別化戦略にもなり得るのです。
特にスタートアップや中堅のウェブサービス事業者にとっては、
こうした法令対応をいち早く進めることが、
大手と同等の信頼感を獲得する絶好の機会とも言えるでしょう。
ウェブサービスの業界では法改正が多く、
また、法改正は確かに負担を伴いますが、
視点を変えれば、それは自社の健全な成長と、
ユーザーとのより良い関係構築を後押しするチャンスにもなります。
IT専門行政書士に相談する理由とお問い合わせ情報
情報流通プラットフォーム対処法への対応は、
技術だけでなく法的な知識と運用判断を伴う、複雑な作業です。
とくに、大規模特定電気通信役務提供者に指定される可能性のある事業者にとっては、
届出義務や削除基準の策定、通知対応、調査体制の整備など、
多くの要件を漏れなく理解し、確実に実行する必要があります。
そのようなとき、IT領域に精通した行政書士のサポートを受けることで、
法令の正確な解釈と実務への反映を、無理なく進めることが可能になります。
坂本倫朗行政書士事務所では、
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具体的には、削除申出フォームや削除基準の文案作成、
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