はじめに
Webサービスを立ち上げる際、「とりあえずサービス内容を形にすること」を優先して、法的な整備は後回しになりがちです。
ご相談する中で「ちょっとぐらい間違ってもいいのではないですか」と聞かれたこともあります。
しかし、ユーザーとの契約関係や個人情報の取扱い、広告表示のルールなど、現代のWebサービスには多くの法的責任が伴います。
しかも、法令違反や不備があった場合、信用の失墜や損害賠償、行政指導といった深刻なリスクにつながる可能性もあります。
本記事では、ITに強い行政書士の視点から、Webサービス運営においてまず整えておくべき法的書類とその役割、そして整備を進めるための実務的なステップまでを、実例を交えてわかりやすく解説します。
まずなぜ、法的な整備が必要なのか?
ウェブサービスの法律は新技術の登場になるべく追いつこうとしていて、年々複雑になっています。
そこで、最初に全体像をお伝えします。
Webサービスに関わる法規制は増えている
現代のWebサービスには、さまざまな法律が関係してきます。
たとえば、個人情報保護法、特定商取引法、景品表示法、薬機法、ステルスマーケティング規制、さらにはAI関連ガイドラインなど。サービスの種類によって適用されるルールは異なり、内容も年々アップデートされています。
技術が進化し、新しいビジネスモデルが登場する中で、法制度も追いつこうと変化を続けており、それに対応する体制が必要不可欠です。
テンプレをとりあえず掲載では通用しない時代
「とりあえずネットに落ちているテンプレを使っておけば大丈夫」という時代では、もはやありません。
テンプレートはあくまで一般的なものであり、あなたのサービスの内容やリスクに即したものではないことがほとんどです。
例えば、AIを活用してデータを収集している場合、どのような情報を取得し、どのように使っているのかを明確にしなければ、個人情報保護法に違反する可能性があります。
また、テンプレの内容が古く、法改正に対応していないケースも多々見られます。
表面上「書いてある」だけでは、実際にトラブルが起きたときに何の役にも立たないばかりか、逆に不利になることもあります。
リスク回避だけでなく、信頼構築にもつながる
法的書類をきちんと整備していることは、ユーザーに対して「信頼できるサービスです」というメッセージになります。
たとえば、プライバシーポリシーがしっかり書かれていれば、ユーザーは「このサービスは自分の個人情報を大切に扱ってくれる」と感じます。
特にサブスクリプション型サービスやECサイトなどでは、利用規約や特定商取引法表記が整っていることが、購入や契約の心理的ハードルを下げる要因にもなります。
法的整備は、単なる「お作法」ではなく、ビジネスの信頼を構築する大事な基盤です。
まず整えておくべき法的書類一覧と、その役割(比較表あり)
Webサービスを提供するにあたって、最低限整えておくべき法的書類には以下のようなものがあります。
それぞれの役割と根拠法、記載内容を整理したのが以下の表です。
| 書類名 | 根拠法 | 主な記載内容 |
|---|---|---|
| 利用規約 | 民法/契約法 | 契約関係の明示、免責、禁止事項、準拠法・裁判管轄など |
| プライバシーポリシー | 個人情報保護法 | 取得情報、利用目的、第三者提供、開示・削除請求の窓口など |
| クッキーポリシー | 個人情報保護法(ガイドライン) | Cookie、広告ID、ログ情報の利用、オプトアウト方法 |
| 特定商取引法に基づく表記 | 特定商取引法 | 【EC向け】:販売者情報、返品対応、価格表示など |
| 資金決済法に基づく表示 | 資金決済法 | 【サブスク/デジタル課金向け】:電子マネー、定期課金の表示義務等 |
それぞれの書類について、もう少し詳しく説明します。
利用規約
利用規約は、ユーザーと事業者との間の「契約内容」を定めるものです。
紙の契約書の代わりに、Web上で表示・同意させることで、法的拘束力のある契約を成立させることができます。
サービスの内容、禁止行為、利用者の責任、免責事項、準拠法や裁判管轄などを明記し、トラブル発生時に自社を守る盾となる非常に重要な文書です。
利用規約については以下にまとめていますので、より詳しく知りたい方はこちらをどうぞ。
プライバシーポリシー
プライバシーポリシーは、ユーザーの個人情報をどのように取得し、どのように利用・管理するかを明示する文書です。
日本では個人情報保護法等によって、その整備が義務付けられています。
収集する情報の種類、利用目的、第三者提供の有無、ユーザーによる情報開示・削除請求の手続きなどを明確にし、ユーザーに安心感を与える法的インフラとして機能します。
プライバシーポリシーについては、以下にまとめています。
また、「利用規約とプライバシーポリシーの違いが分からない」というご質問をいただくことがあります。以下の記事にまとめました。
クッキーポリシー
クッキーポリシーは、Cookieや広告IDなどを利用して行うトラッキングやアクセス解析について説明する文書です。
最近では「個人関連情報」に関する規制も強化されており、クッキーの使用についても透明性が求められます。
Google Analyticsや広告配信ツールなどを使用している場合は、Cookieの目的と使用内容、オプトアウトの方法を明記する必要があります。
クッキーポリシーは、日本の法律では2025年10月現在では必ずしも必要というものではありませんが、海外では必須の地域もありますので、誰が使用するサービス化によっても対応が変わります。
特定商取引法に基づく表記
特定商取引法は、通信販売やネット販売における消費者保護を目的とした法律で、特にECサイトや物販型サービスにおいて義務的に表示が求められます。
販売事業者の名称・住所・電話番号、返品条件、支払い方法、送料、販売価格などを記載し、ユーザーが購入判断をするための情報を明示する必要があります。
資金決済法に基づく表示
デジタル課金やサブスクリプションサービス、アプリ内課金などを提供する場合、資金決済法の対象になる可能性があります。前払式支払手段や電子マネー、定期課金の明示義務などが含まれます。
自社が「資金移動業」に該当しないかどうかの確認を含めて、継続課金型ビジネスに特有の法的表示義務を把握しておく必要があります。
掲載する際の注意点
これらは単に「形式として置く」だけでは不十分で、自社サービスの内容やリスクに即してカスタマイズされている必要があります。
とくに以下の2点は、多くの事業者が間違いやすいポイントです:
- 利用規約の曖昧な免責事項:トラブル時に「当社は一切の責任を負いません」では通用しない場合があります(特に消費者向けサービス)。
- プライバシーポリシーの記載漏れ:収集している情報の利用目的が抜けていると、法令違反とされることもあります。
ここまでが、Webサービス運営において「最低限整備しておくべき基盤」といえる内容です。
ここまで整えればさらに安心 必要に応じて検討したい追加の法的整備
法的書類は「最低限を整えれば終わり」というものではありません。
サービスの性質や拡大フェーズに応じて、さらに検討すべき追加の法的整備も多数存在します。
以下に代表的なものを紹介します。
広告・表示に関するルール(ステマ規制・景表法・薬機法など)
広告表示やマーケティングの分野は、法的規制が非常に厳しく、違反時の行政処分リスクも高い領域です。
2023年にはステルスマーケティングが景品表示法により明確に禁止されました。
健康食品や美容系サービスでは、薬機法の規制も無視できません。
「効能がある」などの表現は、場合によっては違法となる可能性があるため、広告ガイドラインに基づいた事前チェックが重要です。
AI生成物やユーザー投稿(UGC)に関する規程
AIで自動生成されたコンテンツや、ユーザーによる投稿(レビュー、画像、コメント等)がある場合、それらの著作権や責任の所在を利用規約で明記しておく必要があります。
「利用者の投稿内容に対する責任」「AIが生成したコンテンツの再利用条件」など、曖昧なままだと後に紛争の火種になりかねません。
本件は、執筆時点よりもさらに厳しくなることが予想されます。
最新情報のチェックをお忘れないようにお願いします。
情報セキュリティ・アクセシビリティ方針
官公庁や大手企業との取引、または福祉・医療分野では、アクセシビリティ(情報の公平な提供)や情報セキュリティポリシーの策定が求められます。
ISO27001(ISMS)やJIS規格に準拠した情報管理体制を整える場合には、内部文書としての管理規程の整備も必要になります。
内部管理規程(個人情報・マイナンバー対応)
企業内部で個人情報やマイナンバーを扱う場合、それらの管理規程を整備し、従業員向けに教育を行うことも義務の一部です。
外部への委託やクラウドの利用状況によっては、委託契約書の見直しも必要です。
AIにこれらの書類を作らせることはできるのか?
ChatGPTやClaudeなどの生成AIの登場により、「AIに契約書や規約を作らせてしまおう」という声も増えています。
しかしながら、AI生成文書には以下のようなリスクが存在します。
「それっぽい文書」は出力できる
AIは、大量のテキストデータをもとに自然な文章を生成できます。
そのため、利用規約やプライバシーポリシーのような定型文も「それっぽい形」にはなります。
でも整合性が取れない・抜けが多い
AIが作成した規約は、個別のビジネスモデルや運用体制と整合性が取れていないことが多く、必須条項が抜け落ちていたり、矛盾する内容が含まれていることもあります。
業種・事業モデルに沿った内容を反映できない
たとえば、SaaS・EC・マッチングアプリ・オンラインサロン・メディア運営など、それぞれのビジネスモデルに応じて必要な記載内容や注意点が異なります。
AIはそれらを自動で判断できません。
責任を取る主体が存在しない
AIが生成した文書に法的な誤りがあった場合、誰が責任を取るのかという問題があります。
従業員にAIを使って作成するように依頼した場合、責任があるのは従業員でしょうか?AIで作るように命じた上席でしょうか?はたまた生成AIの開発会社?
いずれにせよ、法的トラブルが生じた際に責任を負うのは、結局、事業者自身です。
著作権や出典の曖昧さという新たなリスク
AIがどの情報を元にしてその文書を生成したのかが分からず、元データに著作権がある場合には、新たな法的リスクを生むこともあります。
日本法や法改正に未対応のケースも
AIは情報の鮮度に制限があり、最新の法改正(例:改正個人情報保護法、景表法のステマ規制など)に対応していないことがあります。
また、海外法準拠の情報が混ざっていることもあり、日本の法律に合致しない内容を出力することも。
どこから整備を始めればいいのか?【実務のステップ】
「法的な整備が重要なのは分かったけれど、どこから手をつければいいのか分からない」という方のために、段階的な進め方をご紹介します。
事業フェーズに応じた優先順位の考え方
- 立ち上げ前/開業準備段階
→ 利用規約、プライバシーポリシー、特商法表記の準備を優先 - リリース直後/運用初期
→ 実際の運用に即した修正・アップデート。ユーザーからの問い合わせ対応に備える - 拡大フェーズ/広告・収益化段階
→ 広告表示、個人情報管理、委託契約など、取引先との関係に応じた整備を実施
「まず最低限やっておくべき」整備セット
Webサービス運営者として、最低限整備しておくべきは以下の3つです。
- 利用規約(契約関係の明示、免責、禁止事項など)
- プライバシーポリシー(取得情報・利用目的・第三者提供など)
- 特定商取引法に基づく表記(販売者情報・料金表示・返品条件等)
これらが未整備の状態では、行政指導やユーザーからのクレームリスクが非常に高まります。
そして忘れないように用意しておきたいのが、将来これらを書き換えたときに同意が得られる仕組みです。
あとから追加開発をしなくていいように最初から再度同意を得られるしくみを用意しておくことをお勧めします。
専門家に依頼する場合の流れと費用の目安
外部専門家に依頼する場合、以下のような流れが一般的です。
- ヒアリング(サービス内容・運用体制の確認)
- 草案(下書き案)の提示
- 修正・フィードバックのやりとり
- 最終版の納品+運用アドバイス
当事務所でも作成とチェックに対応しています。
費用や相場についてはこちらをご覧ください。
【まとめ】
Webサービスを運営する上での法的整備は、単なる「お作法」ではなく、事業リスクの最小化とユーザー信頼の最大化のための経営戦略の一部です。
テンプレート任せでは対応しきれない部分も多く、事業フェーズやビジネスモデルに応じた適切な対応が必要です。
AIの活用も視野に入れつつ、最終的には専門家の力を借りながら、正確で信頼性のある法的文書を整えていきましょう。
信頼されるWebサービスの第一歩は、法整備から始まります。
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