はじめに

グローバル化の進展に伴い、日本発のWebサービスであっても、外国人ユーザーが利用するケースは日常的になっています。
実際、スマートフォンのアプリやオンラインプラットフォームは、リリース直後から世界中のユーザーにアクセスされる可能性があり、また、最初から国内の外国人や外国の居住者をエンドユーザーに想定したサービスもあります。
もはや「国内ユーザーだけを対象にしたサービスだから多言語対応は不要」という時代ではありません。

しかし、多言語対応や海外アクセスが前提になると、利用規約の法的な整備にも慎重さが求められます。
特に「言語の選定」「準拠法の明記」「翻訳の正確性」といった項目を曖昧にしてしまうと、
万が一ユーザーとのトラブルやクレームが発生した際に、「規約が無効」「内容が理解されていなかった」といった主張を受けるおそれがあります。

たとえば、英語版の規約を用意したつもりでも、その記載が日本語版と異なっていた場合、どちらの文言が有効になるのか?
仮に日本語が正とされていたとしても、ユーザーが英語のみを読んで同意していたら、その規約は本当に効力を持つのか?

本記事では、IT専門行政書士の立場から、多言語対応を行う際に知っておくべき「言語と効力」の関係と、適切な規約設計の考え方を詳しく解説します。

利用規約の「言語」と「効力」の関係とは?

Webサービスにおいて、利用規約を複数言語で提供するケースは増えています。
特に英語、中国語、韓国語などを追加する例が多く、ユーザーの利便性向上や国際展開の一環として効果的な手段といえます。

しかし、多言語対応には法的なリスクも内在しています。
「日本語で作成された正本」と「英語で翻訳された準拠文書」の間に齟齬があった場合、どちらの文言が契約として有効になるのか、明確にしておく必要があります。

日本語規約 vs 英語規約:正本を明確に定めるべき理由

結論から言えば、日本国内の事業者が運営するWebサービスで、準拠法を日本法とする場合、正本(公式な契約文書)は日本語と定めるのが望ましいです。
実際、多くの企業やプラットフォームが「翻訳版は参考情報とし、法的効力は日本語規約に基づく」といった表現を採用しています。

これは、以下のような理由によります。

  1. 裁判・紛争対応の観点から日本語の正確性を優先
     日本の裁判所において争われる場合、契約文書は日本語で提出されることが基本です。
     英語などの外国語契約文書は別途翻訳が必要となり、翻訳の正確性や解釈の違いが争点になることもあります。
  2. 翻訳ミスや意味のずれが契約トラブルに直結するため
     法律文書における単語や表現のわずかな違いが、法的解釈に大きな影響を与えるケースがあります。
     たとえば、「shall(義務)」と「may(任意)」のように、英語では一語で契約責任が変わるため、誤訳や機械翻訳では危険です。
  3. ユーザーが翻訳版しか読んでいない場合のリスク回避
     外国人ユーザーが英語版のみを読んで同意した場合、日本語版との齟齬があると「理解していなかった」と主張される可能性があります。
     これに対処するためには、「翻訳版は参考として提供し、法的効力は日本語版に基づく」と明示しておく必要があります。

【具体的な記載例(多言語規約の位置付け)】

本利用規約は日本語により作成されるものとし、他言語への翻訳は利用者の便宜のために提供されます。
翻訳された文書と日本語原文に齟齬がある場合には、日本語版を正とします。

このような条項を明記することで、万が一翻訳ミスや解釈の相違があっても、自社が想定した契約内容に基づいて対応することが可能になります。

なお、英語版を正本とするケースも存在しますが、その場合は契約管理、運用、通知、紛争処理まで一貫して英語で対応する体制が必要になるため、中小事業者にとっては現実的ではないことが多いです。

多言語対応時の翻訳リスクと注意点

翻訳を行う際は、以下の点にも十分な注意が必要です。

① 機械翻訳の使用は避ける

Google翻訳やDeepLといった自動翻訳ツール、あるいは数多ある生成AIサービスによる翻訳は非常に高精度になっていますが、法律文書に関しては微妙なニュアンスの違いが命取りになります。
特に免責条項や責任の範囲、知的財産の帰属に関する記載など、一語一句が法的責任を左右する部分については専門家によるチェックが不可欠です。

② 英語ネイティブや法務翻訳の専門家に依頼

可能であれば、契約文書の翻訳に精通した専門家(翻訳者、弁護士、行政書士など)に依頼することをおすすめします。
単なる直訳ではなく、法的概念を踏まえて「法律として通用する表現」に仕上げることが重要です。

③ 言語ごとの「同意取得」の設計

たとえば、英語ユーザーが英語ページから登録する際、日本語規約へのリンクのみが表示されていた場合、
「私は契約内容を理解していなかった」という主張が通ってしまうリスクがあります。

したがって、ユーザーの言語環境に応じて適切な規約ページを表示し、明示的に同意を取得するフローが求められます。

準拠法と管轄裁判所の明記は必須

外国人ユーザーを対象とするWebサービスでは、「どこの法律を適用するか」「万が一トラブルになったらどの裁判所で争うか」を明記しておくことが非常に重要です。
これが明確になっていないと、利用規約の有効性が否定される恐れや、思いがけず海外の法制度・裁判に巻き込まれるリスクもあります。

紛争時にどこの法律が適用されるかを明記する重要性

Webサービスの利用規約における「準拠法(governing law)」とは、契約の解釈・効力・履行に適用される法律を意味します。
国をまたいだ利用者が存在する場合、この準拠法の指定がないと、ユーザーが「自国の法律に基づいて保護を求める」主張をすることもあり、
結果として事業者が不利な判断を受ける可能性が出てきます。

一般的には、日本国内に拠点を置く事業者であれば、「日本法に準拠する」ことを明示するのが基本方針です。
このように書くことで、日本の民法、消費者契約法、電気通信事業法などの枠組みの中で契約が評価されることになります。

【記載例】

本規約の準拠法は日本法とし、本規約に関連する一切の紛争は東京地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とします。

外国ユーザーにも適用できる表現の工夫

ただし、外国人ユーザーにもこのルールが適用されることを納得させるためには、言語や表現方法にも配慮が必要です。
英語版にも同様の文言を明確に記載し、「この規約に同意することは、日本法が適用されることを了承する意味がある」と理解してもらう必要があります。

【英語表記例】

These Terms shall be governed by and construed in accordance with the laws of Japan.
Any disputes arising out of or in connection with these Terms shall be subject to the exclusive jurisdiction of the Tokyo District Court of Japan.

このように、日本法を前提とした法的枠組みをあらかじめ設定しておくことで、将来的な法的リスクを最小限に抑えることができます。

行政書士が解説:国際対応の利用規約を作成する5つのステップ

では、実際に外国人ユーザーも対象とした利用規約を作成する際には、どのようなステップで進めればよいのでしょうか。
ここでは、IT分野に強い行政書士の立場から、実務的な流れと検討ポイントを5つにまとめて解説します。

① 対象地域・対象ユーザーの明確化

まずは、自社のWebサービスがどの地域に提供されているのか、どの国籍のユーザーが利用対象なのかを明確に定義します。
以下のような点を整理することで、以降の設計がぶれにくくなります。

  • サービス提供国は日本のみか、全世界か
  • 日本語以外のユーザー比率や流入元(検索、SNSなど)
  • 外国語での問い合わせや決済対応の有無

これにより、「日本語版のみで対応可能か」「多言語対応が必要か」の判断基準が明確になります。

② 利用規約の多言語化とリーガルチェック

次に、必要に応じて英語やその他の言語への翻訳作業を進めます。
ただし、翻訳は機械任せにせず、法務に精通した翻訳者や専門家によるチェックが不可欠です。
翻訳ミスや法律用語の誤解釈があると、サービス全体の信頼性が損なわれかねません。
(当事務所からもご紹介可能です。詳しくはお問い合わせください)

多言語化する場合は、日本語版を正本とする旨を明記し、翻訳版との齟齬に備える条項を入れることも忘れてはなりません。

③ 準拠法・裁判管轄条項の記載方法

前章で述べたように、「準拠法は日本法」「管轄裁判所は日本の特定裁判所」と明記する条項は必須です。
これがないと、外国の法律が適用されてしまうおそれがあり、事業者のリスクが極端に高くなります。

また、外国語版の規約にも同様の条項を反映させて、言語にかかわらず統一的な契約運用ができるように設計する必要があります。

④ 特定法令への配慮(GDPR、CCPAなど)

EU圏やアメリカ(カリフォルニア州)など、一部の地域では、特定のプライバシー法制(例:GDPR、CCPA)への対応が求められる場合があります。
これらに該当する可能性がある場合は、プライバシーポリシーや同意取得の方法を別途調整する必要があるため、事前に法域ごとの要件を確認しておきましょう。

⑤ 改定時の通知手段・同意の取得方法

最後に、利用規約の改定方法についても考慮しておく必要があります。
外国人ユーザーが多数いる場合、「改定通知を日本語でのみ行う」「日本時間のみでスケジュールを設定する」などの運用は適切とは言えません。

  • 多言語による改定通知の配信
  • ユーザーの言語設定に応じた表示
  • 再同意取得のフロー整備(ポップアップ、チェックボックス等)

望ましいのは、最初の開発段階から、再同意取得を行える仕組みをあらかじめ実装しておくことです。

こうした細かな設計を整えておくことで、将来的な改定時にもスムーズに同意取得が可能となり、法的トラブルを未然に防ぐことができます。

まとめ

外国人ユーザーにも開かれたWebサービスを展開する際、利用規約の整備は「信頼される国際サービス」を構築するうえでの要です。

  • 日本語・英語の多言語対応では、「正本の言語」を明示し、翻訳ミスによる解釈のズレを防ぐことが必須
  • 準拠法や裁判管轄を日本に設定し、将来的な法的トラブルを日本国内でコントロールできるように設計する
  • 機械翻訳やテンプレートでは法的整合性が不十分であり、専門家によるチェックが不可欠

国際対応の利用規約は、一見すると面倒で難しそうに感じるかもしれませんが、
一度しっかりと構築しておけば、安心してサービスを世界に広げることができます。

特に、スタートアップや個人事業主が海外展開を視野に入れる際は、法的な土台を固めておくことが「成長のボトルネックを外す第一歩」になるのです。

IT行政書士に相談するメリットとお問い合わせ情報

Webサービス運営者の方で、

  • 外国人ユーザー向けの利用規約を整備したい
  • 外国人向けにサービスを拡張したい
  • 自動翻訳の限界を感じており、専門家の目でチェックしてほしい

といったニーズがある方は、ぜひIT法務に強い行政書士にご相談ください。

提供できる主な支援内容

  • 日本語・英語の多言語規約の新規作成・監修
  • サービスモデルに合わせた個別条項の設計
  • 準拠法・裁判管轄条項の作成支援
  • GDPRなど海外法令との整合性確認(簡易対応)
  • プライバシーポリシー・特商法表記とのセット整備
  • 顧問契約による継続的サポート体制の構築

初回相談は無料で承っております。
オンライン相談にも対応しておりますので、地方・海外在住の方もお気軽にお問い合わせください。